
【書き下ろしコラム】
イラクのシーア派間抗争
08.05.08
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川上泰徳(かわかみ・やすのり)
朝日新聞編集委員。長崎県生まれ。大阪外語大アラビア語卒。高知、横浜両支局、学芸部、外報部を経て、94年から98年まで中東アフリカ総局(カイロ)に駐在。2001年春から02年秋までエルサレム支局長、その後、カイロに移り、中東アフリカ総局長。03年秋からバグダッド支局長を兼務。2006年4月から現職。著書に『イラク零年』(朝日新聞社)。パレスチナ報道で、02年度ボーン・上田記念国際記者賞。
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3月25日からイラク南部の都市バスラで政府治安部隊が、シーア派の反米強硬派宗教指導者のムクタダ・サドル師が率いる民兵組織マフディ軍の掃討作戦を始めた。1万人以上の治安部隊を動員し、米軍の援護を得て、当初は、マリキ首相もバスラ入りして、陣頭指揮に当たった。
治安部隊は予想以上に強い抵抗を受けて、双方で数百人の死者を出した。サドル師は6日後に戦闘停止を命じ、マリキ政権側と合意した。政府は一気にマフディ軍を押さえ込むことを狙った。しかし、衝突はバスラだけでなく、南部の他州や、マフディ軍の拠点のバグダッドのサドルシティにも広がり、一時はシーア派内戦に進みかねない様相を見せた。
サドル師の戦闘停止命令によって、逆にマリキ首相が窮地を救われたような印象だったのは、皮肉なことだった。停戦後、バスラは表面上、治安部隊が抑えているが、掃討作戦は明らかな失敗だった。サドルシティでは、米軍とイラク治安部隊によるマフディ軍にたいする拘束やそれに伴う小規模な衝突は続いている。しかし、今回の作戦によって、マフディ軍を排除しようとすれば、内戦覚悟でやらねばならないことが明らかになってしまった。
(以下続く)
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