映画「ダーウィンの悪夢」から/配給:ビターズ・エンド)
「これは魚についての映画ではない。 人間について、グローバリゼーションについての映画だ」
(H・ザウパー)
記者会見でのH・ザウパー監督
世界第2の淡水湖、その生物多様性の豊かさから「ダーウィンの箱庭」と呼ばれてきたアフリカのビクトリア湖に、外来種の巨大肉食魚ナイルパーチが放流されたのが50年余り前。
繁殖したナイルパーチは、欧州や日本で大量消費される白身魚として一大輸出品となった半面、湖の生態系は破壊されて地元民の食糧は奪われ、共同体も崩壊していった。現地に生きる人々のリアルな姿をインタビューと映像で鋭く切り取り、騒然たる話題を巻き起こした記録映画「ダーウィンの悪夢」が12月23日(土)から、日本で公開されるのを前に、フーベルト・ザウパー監督(40)が来日、シンポジウムや記者会見で大いに語った。
「ダーウィンの悪夢」 http://www.darwin-movie.jp/
ビクトリア湖に何が起きたのか?
タンザニア、ケニア、ウガンダの3カ国に囲まれた、このアフリカ最大の湖の畔にある近代的施設の加工工場では、ナイルパーチの白身だけがきれいにはぎ取られ、次々と冷凍されて空港に運ばれていく。
一方、工場の裏では魚のアラが山のように捨てられ、泥とハエとウジにまみれている。それを地元の貧しい人々が拾って、干して、油で揚げて食糧にする。
かつてはこの湖で小魚などを捕って、つましく暮らしていた漁民たちだ。地元民の食糧だった在来種の魚たちは、ほとんどがこのナイルパーチの餌食になってしまった。
貧しくても餓死はなかった漁村に餓死者が出る。工場に雇われるのは農村から出てきた労働者や地元民のほんの一部。貧富の差は広がり、工場労働者や魚買い付けのビジネスマン、輸送業者や輸送機のパイロットたちを相手に売春とエイズが蔓延り、ストリートチルドレンが街にあふれるようになる。
日本でも店頭に
この白身魚、日本のスーパーの店先にも「シロスズキ」という偽名(海の魚のスズキとは何の関係もない)で並んでいたが、3年前、品名表示の法規制が厳しくなってからは「ナイルパーチ」という本名で堂々と売られている。しかし、この衝撃的な映像を観たあとは、少なくともしばらくは、白身魚を食べたくなくなると言われるほど、恐ろしい映画ではある。
映画「ダーウィンの悪夢」から/配給:ビターズ・エンド)
「なぜ、こんな映画を作ったのか?」
都内で開かれたシンポジウムで、アフリカ専門家の勝俣誠・明治学院大教授からのそんな質問に、ザウパー監督は「なぜ作ったかを語ることは、自分はなぜ生きているのかを語るのと同じくらい難しい」と答えた。
さらに、ザウパー監督は誤解を解きたいとばかりに続けた。 「この映画は魚についての映画ではない。私はグローバリゼーションが人間にどんな影響を与えているかについての映画を撮りたかった・・・」
人道支援と武器輸送
9年前、監督はコンゴで内戦の記録映画を撮っていた。そこで、欧州から毎週、避難民に救援物資を運んでくる輸送機のロシア人パイロットと親しくなった。その積み荷について関心を持って聴くうちに、彼らは避難民への小麦粉などの救援物資だけを運んでいるのではなく、内戦で使われる武器、爆薬、対人地雷、そしてその地雷で足を吹き飛ばされた人のための木製の義足も運んでいたことが分かった。そんな積み荷を降ろしたあと、輸送機は、今度は魚を積んでヨーロッパに舞い戻る。
「この悪夢のようなシニカルなパラドクス」はザウパー監督を捕らえて離さなかった。「しかし、最大のパラドクスは、この映画で描かれている狂気のマシン。それは私たち人間だ。この映画を観た日本の皆さんは居心地の悪さを感じられるだろう。この現実に対し、私がこの映画の中では何の解決策も提示していないとの批判もある。だが、解決策は映画の中ではなく、外にある。映画を観た皆さんが、この厳しい現実を前に何とかしなきゃ、何か行動を起こさなきゃと考える。それが希望です」
シンポジウムから/勝俣誠氏、松本仁一氏、フーベルト・ザウパー氏
アフリカ特派員を長く務めた松本仁一・朝日新聞編集委員によると、ナイルパーチがビクトリア湖に放たれたのは1954年8月。ケニアの英植民地政府の役人が「大型の魚がたくさん取れて、現地の食糧事情が好転するように」との意図しての行為だったという。そして、結果は?現地の食糧事情はよくならないばかりか、半世紀後には逆にさまざまな問題を生んで、危機的状況になってしまった。
国家の失敗、公の欠如
「まず国民を飢えさせないようにするのが政府の責務で、白身は輸出されてしまうにしても、日本人にとっては白身よりもうまいとさえ言えるカマ(頭)やアラを棄てずに、冷凍したりして衛生的に加工して新たな食品化するということもできたはず。ナイルパーチゆえに環境が汚染され、公害、売春、子ども労働などが蔓延していくのは、現地の国家が腐敗・破綻して機能していないからだ。ナイルパーチを資源と考えるなら、たとえば石油に置き換えればよく分かるが、今のアフリカでは資源があることにより、ますます人々が貧困になり、不幸になっていくという構造がある」と松本氏は強調する。
「ナイルパーチ自体に毒があるわけでもなく、これは実にうまい魚で、石油同様に資源として役に立つ。問題は、その富を私物化する現地の構造にこそある」という松本氏の見方は、「先進国の搾取」を前面に押し出すザウパー監督の視点とはやや異なる。
松本編集委員のいう「国家の力の欠如」を、勝俣教授は「政治力の欠如」または「公の欠如」と言い換える。 「富がカネのある者、力のある者にどんどん流れていくという『市場の力の暴力性』をコントロールする本来の政治の力が、決定的に欠如している」とし、「この映画は確かに魚の映画ではない。高度に抽象化した世界の見取り図を、ドキュメントという手法を利用して作ったもの。グローバリゼーションを下から見た映画だ」と指摘した。
ザウパー監督がこの映画を最も見せたかったのがアフリカの人々、中でも地元タンザニアの「ふつうの人々」だった。しかし、この映画がヨーロッパはじめ各地の国際映画祭で様々な賞を勝ち取り始めると、タンザニア政府は「この映画はフィクションだ。監督はウソつきだ」という激しいネガティブ・キャンペーンを始めた。
「これもこの映画が成功していることの一つの証左かもしれない」と監督は苦笑するが、いずれにせよ、タンザニアでは「反国家映画」のレッテルを貼られ、官憲によって数千人の反対デモまで組織され、一般公開できなくなった。 一方、フランスなどでは、ナイルパーチのボイコット運動が起こる。日本での記者会見場でも、映画宣伝会社の社員が、「こんな風に売られています」と都内のスーパーで見つけてきた1パック400円程度のナイルパーチの白身パックを展示した。
魚のボイコットより、武器のボイコットを
その横で、「しかし・・・」とザウパー監督は言葉を継いだ。
「誤解してもらっては困るが、魚のボイコットはしないでほしい。たとえば東京のスーパーの店棚に並んでいるバナナにしても、肉にしても、世界各地から輸入されていて、調べてみれば同じような話があるはずだ。私は、たまたまナイルパーチを取り上げ、それをもとにこの愚かな構造を描いた。生命にとって最も危険なことは無知だから、無知で覆い隠されているグローバリゼーションの仮面を剥がすのが私の使命だから、この映画を作った。魚のボイコットをするぐらいだったら、まず武器の輸出は絶対だめという『武器のボイコット』をしてほしい」
映画の最後、「この映画に登場した子どもたち、男たちと女たちに捧げる」との監督の言葉がテロップで映し出され、撮影に協力した地元の人たちの名前が流れる。売春婦のエリザ、夜警のラファエル、漁村の牧師カイジャケ、ストリートチルドレンのジョナサン、元教師のムコノ・・・・と延々と続く。既にこの世にいない者も少なくない。ある者はエイズで亡くなり、ある者は殺されて・・・・。
(文・本田雅和)
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