
女性読者が日々の出来事や思いをつづります。1952年から朝日新聞紙上で続く投稿欄です。東京・大阪・西部・名古屋の各4本社発行版に毎日掲載される分をまとめて転載します。
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ねぎらいの言葉
春は出会いと別れの季節と言うが、私たちにもお別れの日が来た。東京・町田で33年間切り盛りしてきた小さな居酒屋を、5月末で閉めることにしたのだ。
お客さまと一緒に過ごした楽しい思い出が、セピア色に輝き出し、私たち夫婦の胸を締め付ける。消えかけたロウソクの火が最後にめらめらと明るく燃えて尽きるかのように、閉店のうわさを聞きつけたお客さまで、店は昔のように、にぎわっている。
3人の子育てをしながら、仕事に追われる毎日だった。あっという間に時はたち、還暦もとうに過ぎ去っていた。ギシギシと音を立てて走るポンコツ車のように足腰が悲鳴をあげる私に、背を向けて仕込みをしていた主人が「おまえには苦労かけたな」と小声でつぶやくように言った。初めてかけてくれた、優しいねぎらいの言葉だった。「お父さんこそ、長い間ご苦労様でした」と返した。
振り返れば、当時4歳だった末娘も2児の母親になった。つめがすり減った私の手を見て、その娘が「少しつめをのばし、マニキュアでも塗ってみようよ」。心にしみるひと言だった。
でこぼこ道を登りつめた今、新緑の丘の上に腰をおろし、限りある自分の人生を考えてみよう。夫と2人、あかあかと周囲を照らし、静かに沈みゆく夕日を眺めながら。
(神奈川県相模原市 上江和子 自営業 65歳)
(2008年5月6日付朝日新聞東京本社朝刊から)
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