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教科書に載っていない中国元将兵の声(中国・瀋陽発)

古谷 浩一
古谷 浩一
(ふるや・こういち)
1966年、神奈川県生まれ。前橋支局、大阪社会部を経て、98年から上海、北京で勤務。02年に帰国し、東京経済部などを経て、05年に再び北京の中国総局に赴任。06年3月から瀋陽支局長。

 2月25日から29日まで、朝日新聞の夕刊で「誰が日本と戦ったか−満州の抗日ゲリラ」という連載記事を書いた。

 先の戦争で、日本と戦っていたのはどういう人なのか。日本人の視点ではなく、相手側の立場で戦争を考えてみたい、との企画だ。日中両国の歴史教科書には載っていない中国の元将兵の生の声を通じ、歴史に埋もれた側面を描くことを目的にした。昨年6月には、中国共産党によって歴史の片隅に追いやられていた国民党の元将兵たちの話を書いており、その続編との位置づけだった。

 ただ、新聞の紙面上では書くことができる部分は限られてしまう。ここでは、紙面で紹介した人々の中の1人、元抗日連軍の兵士である劉義権さん(78)とのインタビューの一部を紹介したい。紙面で読んでくださった方は、興味を持ってもらえると思う。いわば、連載の番外編。同時に、読んでいない方が、このインタビューで関心を持っていただければ、是非とも紙面の方も見てください。

◇   ◇

 中国黒竜江省チチハルに住む劉義権さん(78)を訪ねたのは今年1月のことだった。氷点下20度の厳しい寒さの中、自宅で私を迎えてくれた劉さんは元軍人らしく、はっきりした口調で当時の状況を語ってくれた。43年に13歳で、旧満州で東北抗日連軍に参加。半年後に日本の厳しい弾圧を避けるために旧ソ連のハバロフスクに拠点を移動し、44年には抗日ゲリラの指導者だった周保中の警備員を務めた。中国の抗日戦争の関係者の間では有名な人物だ。戦後に帰国したが、国民党との解放戦争や朝鮮戦争にも参戦。その後は92年までチチハルの軍事工場に勤めていた。

◇   ◇


旧満州の抗日ゲリラの生き残りである劉義権さん(前列左)と記者(後列右)=中国黒竜江省チチハルの劉さんの自宅で


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